なぜ今、眼育(めいく)が必要となったのか? 〜その背景と知識〜
眼球は運動性の高い器官!
眼球は、たくさんの筋肉が付着している、とても運動性の高い器官だってことをご存じでしたか?
眼球の内部には、『ピントを調節する筋肉』、『瞳孔を開いたり閉じたりする筋肉』、
眼球の外部には、眼球をあらゆる方向に動かすための『6つの筋肉』が付着しています。
眼の様々な機能が充分活用されるためには、これらのたくさんある筋肉全てが協調して、滑らかに動く状態が保たれることが必要です。
それによって、視力をはじめとする、眼の機能は正常に発揮されます。
使わない眼の機能は衰える
人間の身体には共通しているゴールデンルールがあります。
それは、『使う機能はますます発達し、使わない機能はますます衰える』というものです。
眼の複雑な機能を使う能力が育つのは、子供時代です。
しかし、現代のように部屋の中など、周囲からの危険がない状態で長く過ごすと、周辺視野をはじめとするさまざまな機能が育ちにくくなります。
昔にさかのぼれば、日常の遊びの中で、眼の機能をいろいろと使う機会が、今よりもたくさんありました。
子供たちは、鬼ごっこ、缶蹴り、馬跳び、ベーゴマ、三角ベース、大勢でじゃれあい、野山を駆け回っていました。
そして、身の回りに危険もありました。
このような日常の環境でつちかわれた、大きな空間で、眼をさまざまに使う体験が、眼の運動機能を育てます。
モニター画面だらけの現在!
今の子どもたちは、外で遊ぼうとするとお母さんから危険だと言って止められ、塾に通って長時間勉強し、学校の校庭も放課後は開放してくれない。。
さらに、家ではテレビゲームやインターネット、外では携帯型のゲーム、携帯電話のメールと、日常にモニター画面が溢れています。
そして、目の前の近い距離の平面の画像を、長時間見つめる毎日。。。
なんと偏った眼の使い方をしていることでしょう。
わずか10年〜20年さかのぼれば、これらの道具のほとんどは、存在すらしていませんでした。
それによって得られることとは何でしょうか?
。。。空間も、距離も、狭い範囲内で、長時間連続して見ることに眼が適応していくということです。
近視とは、一種の適応現象とも見ることができる
それは眼にとってはどのような状態なのでしょう?
。。。お気づきになりましたか?
それこそが、近視の状態なのです。
『近視とは、一種の適応現象とも見ることができる。』
という意味が、お分かり頂けましたでしょうか。
近視は、必ずしも悪いことばかりではないのです。
人間の身体が、理由もなく、悪い状態を選択することはありません。
携帯ゲームで高得点をだそうと真剣になってやればやるほど、身体はそれに有利な近視の状態を選択していくのです。
だってそのほうが、有利ですからね。
そして、遠くのものや動くものを的確に眼で捉えたり、距離感をつかんだり、眼を素早く動かして危険を察知したりする能力は、あまり必要がないため、衰えていきます。
以前、競泳で五輪の金メダルを獲得した鈴木大地選手が、テレビで自分の手を見せていました。
その手には、指と指の間に、水かきのようなものができていました。
人間の身体が環境に順応していくという意味では、まさにそれと同じ事が起こっているのです。
なぜ眼育(めいく)は近視になりにくい眼を育てるのか?
眼の運動がもともと不足している人たちは、受験時の勉強や、長時間のモニター画面使用などの悪条件の元では、ますます運動性が不足し、比較的簡単に近視におちいります。
しかし、子供時代によく眼育(めいく)を行った方は、眼の機能を発揮する下地ができています。
近視になりやすい条件下にあったとしても、眼の運動機能が育っているため、そうやすやすと近視にはなりません。
眼育(めいく)を行えば行うほど、視力が回復するだけでなく、後に再び近視になりにくくなる理由は、そこにあります。
眼育(めいく)の考え方をとりいれることで、近視の心配は減る
これまでの視力回復の基本的な考え方は、“眼のピント調節機能”(専門用語では毛様体、水晶体)だけを対象に考えられていました。
これに対し、 眼育(めいく)は、文字通り『眼の機能をバランスよく育てる』ことであり、『弱った視力を向上させ、その後近視になりにくい活力のある眼を育む』ことでもあります。
『近視』になぜ『眼育』が必要なのか、その理由をご理解頂けましたでしょうか?
以上、眼育の考え方をご理解いただき、眼育(めいく)に取り組んでいただければ幸いです。
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